多発性硬化症(MS) 診断

診断基準はありますが、それだけに頼るものどうかと思います。

基本的には、臨床経過、等電点電気泳動法を用いたオリゴクローナルバンド、脳及び脊髄MRIが診断に重要ですが、多発性硬化症 (MS) の鑑別診断は多岐にわたり、様々な神経疾患の知識を必要とします。また、時間的・空間的多発を特徴としますが、初発のMSの場合には確定診断は難しく注意深い経過観察が必要になります。

多発性硬化症 (MS) は、病変分布、症状出現様式ともに様々なものがあり、脳血管障害から神経変性疾患を含む様々な中枢神経系の疾患が鑑別の対象となりえます。しかしながら、MSの病因は完全には解明されておらず、疾患特異的な検査異常もないため、正確な確定診断をするには他の疾患をいかに十分に除外するかが重要です。すなわち多発性硬化症の特徴のみならず、鑑別すべき疾患の特徴、及び脳脊髄MRI、髄液検査などの所見を理解する必要があります。
まずは、類似疾患、類似症状、類似の神経放射線所見などから鑑別疾患を下記に列挙します。

1.脳血管障害
脳・脊髄梗塞、硬膜動静脈奇形、抗リン脂質抗体症候群など
2.脳・脊髄腫瘍
原発及び転移性脳腫瘍、悪性リンパ腫
3.感染性疾患
脳膿瘍、ウィルス性脳炎、神経梅毒、結核種、クリプトコッカス髄膜脳炎、硬膜外膿瘍、HAM (HTLV-I associated myelopathy)、Lyme病、進行性多巣性白質脳症
4.非感染性炎症性疾患
急性散在性脳脊髄炎、視神経炎、急性小脳炎、横断性脊髄炎、神経サルコイドーシス、神経Behçet病、アトピー性脊髄炎、傍腫瘍症候群
5. 代謝性疾患
Wernicke脳症、亜急性連合性脊髄変性症、Leigh脳症、MELAS
6.内科疾患に伴う神経障害
全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群、結節性多発動脈炎
7.変性疾患
脊髄小脳変性症、運動ニューロン疾患、家族性痙性対麻痺
8.脊椎疾患
変形性頸椎症、後縦靭帯骨化症、椎体椎間板炎
9.中毒性疾患
5-FU (カモフールも含む)、サイクロスポリン、FK-506
10.その他
脊髄空洞症


代表的な疾患の鑑別の要点です。日本では、MS症例の初発症状では球後視神経炎による視力障害(特に両側性)の頻度が高く、まずは視力・視野障害の有無を確認する。
<視力・視野障害あり>
急性散在性脳脊髄炎
経過は単相性であり、病変は対称性で、MSに比べ発熱や髄膜刺激症状等の炎症徴候が強く、意識障害・痙攣が多いなどの特徴があるものの、病変の主座はMSと同様であり、MSの初発時の急性期症状との鑑別はしばしば困難である。本症と診断後も単相性の経過であることを確認するため注意深い経過観察を行う。
視神経炎 (球後視神経炎)
MSは視神経炎を高率に合併し、また、視神経炎の10-40%はMSに移行すると言われている。すなわち、視神経炎のみの症状であっても、脳脊髄MRIによる潜在的な脱髄巣の検索、OCBなどの髄液検査を行う。
<視力・視野障害あり;視神経炎以外>
以下の疾患は、全身症状の一部として眼症状を合併するが、上記疾患と異なり神経症状と眼症状の活動性が一致するわけではない。また、神経症状の合併は、全身症状発症後に出現することが多い。しかし神経症状が他の症状に先行することもあり、しばしばMSとの鑑別が必要となる。このような場合には診断基準を満たすほどの全身症状を認めず、丹念な臨床症状・検査異常の検索、中枢神経合併症の特徴の理解が必要とされる。
神経Behçet病
口腔内アフタ、ブドウ膜炎、外陰部潰瘍の3徴を特徴とする再発性炎症性疾患であるが、約11%に中枢神経病変を合併する。眼症状は前眼部病変・ぶどう膜炎・網膜血管炎による、霧視や視覚障害を特徴とする。神経Behçet病では頭痛・運動麻痺等の中枢神経症状の再発・寛解を繰り返しMSと類似した経過をたどる。神経症状の合併は男性に多く、脳幹病変がよく認められ、好中球有意の髄液細胞増多、活動期における髄液IL-6活性が神経Behçet病の活動性と一致して上昇することが多い、などが参考所見となる。本症を疑った場合、皮膚症状を含めた臨床所見の検索、HLA-B51、血中von Willebrand因子、IgD測定などによりBehçet病の存在を確認する。
神経サルコイドーシス
全身性の肉芽種性疾患であるサルコイドーシスでは、神経系合併症は約5%に認められる。眼症状はブドウ膜炎やサルコイド結節による視力・視野障害である。神経サルコイドーシスは脳底部を障害することが多く、視床下部、下垂体に好発し尿崩症や下垂体機能低下症を呈することが多い。また、脳実質以外に髄膜、血管周囲に肉芽腫性病変をしばしば認める。脊髄病変は頸胸髄に好発し、脊髄造影MRI画像では髄膜からVirchow-Robin腔に沿って髄内に広がる三日月型の特徴的な造影効果を認めることがある。診断の主な方法は、全身性サルコイドーシスの所見(特に肺病変)の検索、髄液angiotensin-converting enzyme(ACE)測定などである。

<視力・視野障害なし>
脳血管障害
高齢者の単発、突然発症の脳血管障害との鑑別は比較的容易であるが、若年性脳梗塞、多発性脳梗塞は時にMSとの鑑別が必要となる。脳血管障害では、一般に突発発症であり、血栓・塞栓症の危険因子を認める。病巣は血管支配に一致し、急性期脳MRI拡散画像でのADC 値の低下が目立つ、髄液異常がない、などが参考所見となる。また、MSの脱髄巣は脳室の長軸に対し垂直な卵円形であることが多く、さらに脳血管障害ではほとんど認めることのない皮質直下や脳梁の小病変を、脳MRI FLAIR法、弓状断T2強調画像などにより捉えられることがあり、鑑別が難しい症例では特に注意深く見る必要がある。
腫瘍性疾患
MSは空間的・時間的多発を特徴とし、基本的には単一病変が中心である腫瘍性疾患との鑑別は容易である。しかし、MSでも脳腫瘍と類似した巨大な病変が認められ、しばしば脳生検にて診断されるtumefactive MS lesionと呼ばれる病巣を呈することが知られている。自件例では、病変の大きさ・浮腫の程度に比べmass effectが軽い、巨大な病変以外に脱随巣を示唆する病巣が存在する、ステロイドが著効し経過中に再発・寛解を繰り返した、など脳腫瘍と異なる特徴があった[3]。脳生検は中枢神経系での炎症を惹起しMSを増悪させる可能性もあり、今後の症例の蓄積によりその特徴を明らかにし早期に診断する手段の開発が望まれる。
感染性疾患
脳膿瘍、神経梅毒、結核腫、クリプトコッカス髄膜脳炎などが鑑別の対象となる。発熱・頭痛等の感染症状に加え、髄液細胞の著増、易感染性の存在などが感染性疾患を疑う徴候であるが、特に脳実質内の感染のためにこれらの所見が目立たない場合や、健常人のクリプコッカス脳炎などでは自然経過で再発・寛解を繰り返すこともあり注意が必要である。一方で、MSの急性期病変では、時に脳膿瘍あるいは脳腫瘍と同様に脳MRIにてリング状の増強効果を認めることもある。MSでは、“open-ring imaging sign”と呼ばれる、リング状の増強効果が灰白質に面した部分で欠けているという特徴を持つことが多く、鑑別の際に有用な所見である。
膠原病
全身性の炎症性疾患である全身性エリテマトーデス、Sjögren症候群などでは、中枢神経系においても血管炎や液性因子による炎症を来たし多彩な神経合併症を引き起こす。全身の炎症の活動性と一致して中枢神経症状を合併することが多く、脳内に多発性の病変をしばしば認めるものの、脳梁に病変を認めることは少ない。しかし、特にSjögren症候群ではその活動性の判断が難しい上、大脳・脊髄・視神経にMS類似の病変が多発する場合もあり、逆にMS(特に一次進行型)ではSjögren症候群の診断基準を満たす例が多いなど、MSとSjögren症候群による中枢神経合併症の鑑別は時に困難であることが以前より指摘されている。抗α-fodrin抗体を抗SS-A、B抗体とともに測定することにより、両者の鑑別を試みた報告もある。
中毒性疾患
5-fluorouracil (5-FU)、 carmofur、 cyclosporin、 FK-506などの薬剤は、び漫性、あるいは多巣性の白質脳症を来しうるため、常にこれらの薬剤の使用の可能性を念頭におく必要がある。
神経Behçet病、神経サルコイドーシス
視力・視野障害のない症例においても、上述したこれらの疾患は常に鑑別すべき疾患の対象となる。特に神経Behçet病は、眼症状のない例に出現しやすく、あっても眼病変の活動性を失っている場合が多い、という特徴がある。

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